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深町健二郎 氏が語る「Cafe SUNSETや林憲治 氏との出会い、そしてSUNSET LIVE」

後編にあたる今回は、プロデューサーとして関わっておられるSUNSET LIVEスタート時のお話や、公私共に信頼関係にあるSUNSET LIVE代表の林憲治 氏との出会いについてお話いただきました。

前編>> 深町健二郎 氏が語る「今までの福岡、これからの福岡」

 

 

 

BEACH CAFE SUNSETとの出会い

── SUNSETと深町さんとの出会いはどのようなものでしたか?

深町健二郎:たまたま僕がぶらっとドライブしていた時にたまたまSUNSETというお店を発見しました。その時はまだお店ができて1、2年くらいだったかと。

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昔のCafe SUNSET。ポツンと明かりがあり、扉を開くとそこは、音楽を愛する若者達の楽園だった。

深町健二郎:なんかポツンと灯りがあって、お店なんてあったっけ?しかも音が鳴ってる?ちょっと寄ってみようと、それで行ったら怪しい雰囲気のお店が(笑)。

── その時は林もいましたか?

深町健二郎:そう、確か二人ぐらいでお店やってた。

── そこで意気投合してされたのですね。

深町健二郎:それから何回か通いながらここ面白いと思って。うちの嫁がその当時ココナッツというレゲエダンサーをやってたのですが、SUNSETで撮影したらちょうどジャマイカ風なビデオができると思って、林さんにこういうビデオを撮影したいから場所を貸してくれませんかと言ったら、いいですよと。あれから色々話をするようになりました。

── ということは深町さんが出会った時はまだSUNSET LIVEは始まっていなかった?

深町健二郎:まだ始まってなかったです。その頃ソラリアも丸5年くらい様々なイベントをやって来て、とりあえずやりきった感もあり、そんな時に街のコンセプトとしては真逆のサンセットと出会って、こっちの方に強く惹かれて単純に楽しいなと思いました。
当時ほぼ同い年の林さんが糸島の自然を案内してくれたり、サーフィンガイドもしてくれて、種子島へサーフトリップなど、忘れていた何かを取り戻せたということもありました。

── お二人を見ていると親友というか、意気投合しているというか…

深町健二郎:そうね、育った時代が同じだし好きな音楽とか共通するところもたくさんあった。

 

飲食店のオーナーが始めたSUNSET LIVE

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夕方のCafe SUNSET。開催当初のSUNSET LIVEは店舗で開催されていました。

── 現在は SUNSET LIVEのプロデューサーという感じでしょうか?

深町健二郎:実際はそうでもないけどね。話し相手的な(笑)。
核となる部分は林さんがズバって持っているから、むしろ僕はそれをどう周りに対して社会化していこうかというところが大きいです。やっぱりいろんな出会いは何においても大事だったりするし、そういうところからまた広がったりあるから、橋渡し役を含めたそういうことをしています。せっかくこんなコアな素晴らしいものを、林さんの感覚をトランスレートして伝えていくという。

── 深町さんが持っている人脈と林さんの持っている直感性といったものを合わせて、二人で作られているんだと感じます。

深町健二郎:だってこんな自慢できるもの、そんなにないよ。より多くの人に知ってもらいたいし、今では大物が出るとかでなくとも、ちゃんとSUNSET LIVEは成立してる。行ったらなにかあるという期待感も含めて、ちゃんとブランドが出来上がってるから、後はいかにそれを守りながら、変容し続けていけるか。

 

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2001年、旧会場で行われた最後のSUNSET LIVEの様子。

── イベント、フェスを企画している若手に伝えたいことはありますか?

深町健二郎:偉そうにいうのもあれですけど、何か思いついたらやった方がいい。SUNSET LIVEも今でこそ当たり前に毎年やって25年、フェスとして定着したけど、成り立ちが面白い。だって飲食店のオーナーが始めたんよ。そんなフェスはないし、今はSUNSET LIVEがあるから、そういうやり方もアリなんだと気がついた人たちが立ち上げたフェスもあると思う。それまでは必ず音楽業界の人、レコード会社やイベンターがやるのが当たり前だったことが、SUNSET LIVEのようなスタイルが形として出来た。だから、既成概念にとらわれるなとは言いたい。福岡だし失敗してもそんなに目立たんし(笑)、さっき言ったみたいに何でもありだから、その中で何か面白い、あ、これはまだ誰もやってないない、ぐらいなところを攻めたりして欲しい。
そんなことをやるヤツが増えたらもっと面白くなると思う。僕らもヤバいと思いたい、あ、こんなヤツが出てきたとか、こんな面白いことが始まったみたいなことが福岡でたくさん起こったら良いと思う。

── ありがとうございます。今までのサンセットライブで特に印象的なことや、深町さんの中でこれはすごかったなと思ったことはありますか。

深町健二郎:色々ある中でいうと、旧会場の最後の年とかは印象に残ってます。ギリギリでした。

── 僕も実はサンセットライブとの初めての出会いは旧会場の一番最後の時に前働いていたお店が出店させてもらって、そこが僕の初めての出会いでしたけど、すごかったですね。

深町健二郎:あれはもう危険さと楽しさの背中合わせ的な本当のギリギリな感じで、あーここまで来たんだという感慨深さもありました。

── 伝説的なライブでしたね。

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2001年、旧会場最後のSUNSET LIVE。

深町健二郎:それまでってやっぱりどっかでアンダーグラウンドというかマニアックで、地元の一ローカルイベントだったところから次のステージが見えたというか。
それこそまさにポートランド先取り的な、もう手作りだらけでしたね。アーティストタグから何から何まで全部手作り。業者発注なんて何もないという。それが実はアーティストたちも新鮮だったみたいです。普通はイベンターたちが仕切っていて、業者が作るプラスチックのタグしかなかったのが、サンセット来たら手書きだし、ダンボール切ったようなのだったり、そういうところが逆に響くこともある。規模が大きくなった今はなかなかそこまでは出来ないとはいえね。

── その精神は受け継がれていますよね。

深町健二郎:そうですね。それがなくなったらもうサンセットライブじゃなくなるかなと思うところもある。

── 僕たちがやっぱりお店を休んでまでして色々やるようなそこの部分ですね。実は先日FIRE BALLのCHOSEN LEE氏にインタビューさせていただいた際も、こんなに大きい手作りイベントがあったんだというのが一番最初の印象だったと言ってました。

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2001年旧会場最後のSUNSET LIVE。最高潮の盛り上がりが伝わって来ます。

 

 

SUNSET LIVEの今年の見どころ

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── 今年の見所はありますか?

深町健二郎:今回は特に若手のタイトル。今の20代の連中がかっこよくてギュっと集まった感じが凄いしそこはもう是非見て欲しいですね。極まった変態のオトナたちも凄いし(笑)。
音楽だけじゃないというか色々なカルチャー全般、大人も子供も遊べるし、そういう部分も実は先駆けみたいなところがある。コアなところもあったりするのだけれど、開かれている。昔のサンセットライブはもうちょっとマニアックで分かる人にしか分からないような、いい意味で尖った感じがあったけど、今はそういう人たちもどんどん年を重ねてきて、俺らもそうだし、全世代が楽しめるようになったと思う。

── 最後に25周年のSUNSET LIVEを楽しみにしているお客さんに一言お願いします。

深町健二郎:今言ったことで全部なんですけどね(笑)。
特に来たことがない人に是非来て欲しい。やっぱりこういうライブというのは、もう体感しなければわからないこともいっぱいで、今はネットで知ったような気持ちになることもあると思し、SUNSET LIVEもこんな人たち出てる、何となくこんな感じなんだろうねって勝手に想像してしまうと思うのですが、でもそれだけでは見えてこない、行かないとわからない要素がいっぱいあると思うので、そこは是非、五感で体感して欲しいです。

── ありがとうございます!

 

まだ読まれていない方は、是非前編もお楽しみください。
前編>> 深町健二郎 氏が語る「今までの福岡、これからの福岡」

 

取材:武蔵 巧(SUNSET STYLE 編集部)
編集:福田基広(SUNSET STYLE編集長)

 

PROFILE

深町健二郎(ふかまちけんじろう)

福岡市出身。イベントプロデューサー、ミュージシャン、タレント。
日本経済大学経営学部芸能ビジネスコース教授
福岡ミュージックマンス総合プロデューサー

1989年に始まったKBCのテレビ番組「ドォーモ」のコメンテーターを務めて以降、テレビやラジオ番組にも多数出演。
糸島市の芥屋海水浴場で行われるサンセットライブでもプロデューサーを務め、イベントを成功に導く。

誕生日:1961年12月22日
出身地:福岡県福岡市
オフィシャルブログ:深町健二郎のブログ

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